シュヴェリーンのドミナ:セッションはミュンヘンで、邂逅はビデオ通話で
私はシュヴェリーンのドミナではないし、シュヴェリーンでセッションを行うこともない。ゲストを迎えるのはミュンヘンのStudio 60だけ。あるいは、ビデオ通話であなたを導く。シュヴェリーンから私のもとへ来るなら、まる一日を移動に充てることになる。それを不利だとは思わない。7時間弱の鉄道の旅が、あなたの街と、スタジオで起きることとを、きれいに切り離してくれる。
願いが予約になるまでの流れは、こうだ。
- カレンダーで空いている枠を選ぶ。1時間のセッション、3時間のインテンシブ、または45分のリモート。
- その時間に合わせて、Studio 60の部屋をスタジオに直接予約し、支払いも済ませる。ルーム料金は私の料金に含まれない。予約のスクリーンショットは私に送ること。
- リクエストは、料金と受付番号まで記入済みのメッセージとして、WhatsAppかTelegramで私に届く。
- 確定するのは私自身。予約が成立するのは、そのときだ。€50のデポジットが予約を確保する。デポジットは料金から差し引く。
1時間の料金と夜間料金がいくらかは、料金と予約にまとめてある。距離が遠すぎるなら、リモートセッションから始めればいい。ビデオ通話で45分、世界中どこからでも、€180から。話すのも書くのも、ドイツ語と英語だ。そして、この先の物語は女主人としもべをめぐるものなので、私がロールプレイをどう組み立てるかは、別のページで説明している。
夜のシュヴェリーン:プファッフェンタイヒ、シェルフシュタット、Der Speicher
シュヴェリーンは小さな州都で、その夜も街の大きさに見合っている。行き先は多くない。そのかわり、誰もが知っている場所ばかりだ。
- プファッフェンタイヒ:中世にせき止められてできた、街の真ん中の池。夏の夕べには人が集まり、南岸のテラスからは、水面の向こうに古い市民邸宅の家並みが見える。2年続けて中止になったあと、市は旧市街の祭りをAltstadtfete(旧市街祭)として復活させ、2026年10月の開催を決めた。南岸にはDJとダンスフロアが予告されていた。
- シェルフシュタット:1705年から1832年までは、独自の行政をもつ別の町だった。ブロンズの山羊の像が昔の市場をしのばせるツィーゲンマルクト(山羊の市場)のあたりでは、夜は水辺よりも静かに始まる。
- Der Speicher:30年前から、ブルース、ソウル、ロックにまたがるコンサートや、コメディ、朗読会の舞台になっている。
- Komplex:このオルタナティブな文化と住まいのプロジェクトは、自らの説明によれば、年に約60夜の催しを開く。コンサート、朗読会、講演、演劇、パーティー。会場はホールか、Café Rosaだ。
- シュロスフェストシュピーレ(城の演劇祭):5月末から7月半ばまで、メクレンブルク州立劇場が、劇場テント、シュロスガルテン(城の庭園)、城の中庭で公演を行う。2026年の演目には、『三文オペラ』、バレエガラ、その中庭でのコンサートがあった。
定期的にパーティーを開くフェティッシュクラブは、シュヴェリーンでは見つけられなかった。ドレスコードのある夜を求めるなら、ハンブルクかベルリンまで行くことになる。首都に何があるかはベルリンのドミナに書いた。シュヴェリーンで広告を出しているドミナのスタジオや、個人で活動するドミナの名前は、ここでは挙げない。私は彼女たちの仕事を知らないし、勧めるのは、自分が責任をもてるものだけだ。どこにリクエストするにしても、リミット、健康状態、セーフワードについて前もって話し合いがあるかを確かめること。もっと多くを求めるなら、旅を計画すればいい。海辺のキールへ、首都へ、あるいはミュンヘンの私のもとへ。
ブルクガルテンの宮廷長官
9月、私はシュヴェリーンで2日間の休みをとった。予定はひとつもなく、あるのは城だけ。2024年7月から世界遺産の一部になっている城だ。旧市街から眺めると、それはひとつの主張のように見える。金色に輝くドーム、その頂には黄金の大天使。街のほうを向いたニクロトの騎馬像。そしてまわりを囲む水が、すべてをもう一度映してみせる。ただ、もっと静かに。
私は城の島へ渡り、ブルクガルテンを歩いた。造ったのは宮廷庭師テオドール・クレット。レンネの設計にもとづき、ゼンパーとデムラーの助言も受けている。小道は階段とテラスを伝って上がっては下がる。まるで誰かがわざと地形を落ち着かないものにして、人がゆっくり歩くように仕向けたかのようだ。下の岸辺には、迷子石を積んだ小さな洞窟があり、地下室のようにひんやりしている。庭の中ほどにはオランジェリー。異国の植物が中で冬を越せるように建てられたものだ。暖かい季節にはそこにカフェが開く。私は席をとり、紅茶を頼んで、庭の向こうの湖を眺めた。
オランジェリーの前で、ツアーの一団が足を止めた。一語残らず聞こえるほどの近さだった。先頭には、大公家に仕える宮廷長官の礼装に身を包んだ男が立っていた。真鍮のボタンのついた濃紺の上着、小脇には二角帽。50代半ばだろうか。彼が語っていたのはペーターメンヒェンの話だった。ランタンと剣と鍵束を携えて、地下の丸天井の間から現れる城の小さな幽霊だ。正直な者には報い、盗人や侵入者は、いたずらや夜ごとの物音で悩ませて、出ていくまで放っておかない。言い伝えでは、ヴァレンシュタインは城での最初の夜にこの幽霊にさんざん苦しめられ、翌朝、寝不足の目で城を発ち、二度と戻らなかったという。夜警の最中に眠り込んだ兵士がいれば、ペーターメンヒェンが起こした。
彼はすべての登場人物を演じ分けた。ろれつの回らない、寝ぼけまなこの兵士。しゃがれた小さな声で話す城の幽霊。あごを突き出したヴァレンシュタイン。うまかった。あまりにうまいので、いつのまにか私は伝説ではなく、彼を聴いていた。オチの前に一礼する、その仕草。そのあいだ、目が聴衆の顔をひとつずつ数えている、その様子。
一団が先へ進むと、彼は戻ってきて隣のテーブルに座った。コーヒーを頼み、帽子をカップの横に置いた。「笑いませんでしたね」と彼は言った。
「見ていましたから。あなたは、話に出てくる役をすべて演じました。ひとつだけ、抜けていましたが」
「どの役です?」
「あなた自身の役」
彼は帽子を両手でまわした。ガイドツアーはルールのある遊びなのだ、とやがて彼は言った。90分のあいだ、一行は彼の言葉を信じて、いまは1857年、城が落成した年だということにしてくれる。途中で電話に出る者がいれば、それで全員の遊びが台なしになる。そういう人をさす的確な言葉を、ヨハン・ホイジンガがもっている、と私は言った。「遊び破り」だ。彼は『ホモ・ルーデンス』を知っていた。宮廷の祝祭をめぐるツアーのために読み、それ以来、どうしても手放せずにいたという。
「それで、あなたはどんな遊びを?」
「私はドミナです。ミュンヘンで。私の遊びのルールは、あなたのツアーより厳しい」
彼は長いあいだ私を見つめ、たじろがなかった。それから短く笑った。私を笑ったのではなかった。「私はひどいしもべになるでしょうね。しゃべりすぎる」
「それは変えられます」と私は言い、紅茶の代金を払って名前を告げた。残りは、探す気があれば見つかるはずだ。どうすれば私に連絡できるのかと、まず尋ねなければならない者は、たいてい、まだその段階にない。
プファッフェンタイヒからのひとこと
11日後、メッセージが届いた。長く、よく練られていて、隅々まで衣装をまとっていた。「いとも慈悲深き女主人様」「あなた様の忠実きわまりないしもべ」、ある大公にまつわる逸話。署名は、ただひと文字のH.だった。私の返事は二文だけだった。お仕着せを脱いで、もう一度書きなさい。それから、何を恐れているのかも。
二通目のメッセージは短かった。仕えたいのだ、と彼は書いていた。ひとりの女主人に、ルールのある家で。そのルールを、自分で語らなくてすむ家で。恐れていることはひとつだけだった。服従するかわりに、演じはじめてしまうこと。毎日ツアーの一団の前で、そうしているように。その下には、私が尋ねるまでもなく、飾り気のない事実が並んでいた。手術をした左膝は、長くひざまずくことに耐えられない。血圧がやや高く、毎朝錠剤を1錠飲んでいる。人目につく場所に跡が残らないこと。毎日、人前に立つのだから。仕事をからかわないこと。
1週間やりとりを重ねて、ようやく秩序がかたちになった。ミュンヘンで2時間、ある土曜の午後。Studio 60の部屋は彼が自分で予約し、予約確認を送ってきた。デポジットは、その日の夜に届いた。ツアー用の衣装は家に置いてくること。私が求めたのは、簡素なお仕着せだった。濃い色のベストに、白いシャツ。真鍮のボタンはつけない。観光客が彼だと気づくようなものは、何ひとつ身につけない。呼び鈴と鍵束は、私が持っていく。
呼び鈴の決まりは、私が書き送った。1回鳴れば、私のもとへ来る。2回鳴れば、その場で動かずに立つ。3回鳴れば、ひざまずく。ただし、私が置いたクッションの上でだけ、そして膝が許すあいだだけ。
それからセーフワード。彼は「ペーターメンヒェン」を提案し、私は断った。セーフワードは遊びの一部であってはならない。そうでなければ、いつかそれも演じられてしまう。彼は翌朝まで考えて、書いてきた。「Pfaffenteich」(プファッフェンタイヒ)。自分の知るなかでいちばんありふれた言葉。毎朝、職場へ向かう途中で通り過ぎる池の名前だ。私はそれを受け入れた。加えて、言葉のいらない合図も決めた。私が彼の手を縛るときは、彼が鍵束を持つ。それを落とせば、その場ですべてが終わる。そして私が色を尋ねたら、彼は「Green」(緑)か「Yellow」(黄)で答える。それ以外のすべてのために、Pfaffenteichがある。
最後に。時間どおりに、しらふで、早朝の列車で来ること。彼は項目をひとつずつ、契約書に署名するように確認してきた。
呼び鈴、鍵、沈黙
15時50分、彼はミュンヘンのStudio 60の扉の前に立っていた。肩にかばんを掛け、7時間の鉄道の旅を背にして、すっかり目が冴えていた。まず二人で腰を下ろし、すべてをもう一度確かめた。膝のこと、朝の錠剤、呼び鈴、そして言葉。私は彼にセーフワードを声に出して言わせた。一度も口にしたことのない言葉は、いざというときに出てこない。
それから彼は着替えた。私は鍵束を渡した。鉄の輪に通した古い鍵が12本。蚤の市で集めたもので、この建物のどの扉にも合わない。「これはベルトに下げておくこと」と私は言った。「鍵が、あなたのことを告げ口する」
床に、ロープで輪をつくった。人ひとりが立てるほどの大きさだ。「このロープの内側では、私の秩序が支配する。外には、Pfaffenteichがある」と告げて、私は肘掛け椅子に座り、呼び鈴を一度鳴らした。
彼は来た。それも見事に。どの玉座の間でも喝采を浴びたであろう一礼とともに、ガイドの声で「なんなりとお申しつけを、奥様」と言った。私は呼び鈴を2回鳴らした。彼は動きの途中で固まった。半ばかがんだまま。鍵が一度、腰に当たった。「ひとつ」と私は言った。
私は立ち上がり、ゆっくりと彼のまわりを歩いた。彼が重心を移すたびに、かすかに鍵が鳴り、私は声に出して数えた。7まで数えたところで、彼は体でしゃべるのをやめた。それから、紅茶を注がせた。私のために。彼は観客に見せるための大仰な手つきで注ぎ、一滴がこぼれた。呼び鈴が2回。「もう一度。観客なしで」と私は言った。3度目には、残っているのは手と、ポットと、カップだけだった。
「私の前に立っているのは誰?」
「あなたのしもべです、Mistress」
「それはお仕着せ。私が尋ねているのは、それを着ているのが誰か」
彼は物語を始めかけた。宮廷長官、大公、公式の晩餐会。呼び鈴が2回。彼は黙った。
私は彼の両手首に柔らかな革のカフを巻き、背中で連結した。下に指が2本入るくらいのゆとりを残して。ベルトから鍵束を外し、彼の両手に持たせた。「これを落とせば、終わり。そのために言葉はいらない」彼の手は温かく、指は自由に動いた。それから私は、彼を立たせたままにした。4分。6分。もう鍵は鳴らない。聞こえるのは彼の呼吸だけ。
「Colour?」(信号の色は?)
「Yellow」
私は彼のすぐそばに寄り、何があったのか、膝なのかと尋ねた。
「いいえ。台詞がないんです」
それから彼は、小さな声で「Pfaffen……」と言いかけて、途切れた。
私はすぐに呼び鈴を置き、役から降りた。私のもとでは、半分で途切れたセーフワードも、最後まで言ったセーフワードと同じに扱う。ひとつの動作でカフの連結を外し、鍵束を受け取り、彼を輪の外の椅子へ連れていった。「中断した」と、私はふだんの声で言った。「誰も負けてはいない」
彼は水をひと口飲み、長く息を吐いた。「扉がまだそこにあるか、確かめたかっただけなんです」
「扉はある。あなたはいま、そこを通って外に出た」
彼は床のロープを長いあいだ見つめ、それから私を見た。「中へ戻りたいです。Green」
私は彼に、私の目を見て、その言葉をもう一度言わせた。そして膝のこと、頭のこと、呼吸のことを尋ねた。鍵束を返したのは、そのあとだ。ロープをまたいだのは彼自身だった。両手は自由で、誰も彼を導かなかった。私は輪の中にクッションを置き、ふたたび呼び鈴を取って、3回鳴らした。彼はひざまずいた。慎重に、左膝を最後に。体が落ち着くまで、私は彼の二の腕に手を添えていた。私は呼び鈴を彼の頭上に掲げ、鳴らさなかった。いまは沈黙が命令だった。「どのツアーの一団にも言ったことのない一文を、ひとつ言いなさい」
長い時間がかかった。それから、その午後にはまだ聞いたことのない声で、彼は言った。「いつも誰か別の人間でいることに、疲れました」
彼の手の中の鍵は、ぴくりとも動かなかった。
魔法の輪と扉
ヨハン・ホイジンガは『ホモ・ルーデンス』で、遊びを自発的な行為として描いている。自由に受け入れられながら、ひとたび受け入れれば絶対的な拘束力をもつルールにしたがい、日常の生活から切り離された、固有の場所と時間のなかで営まれる行為として。闘技場、カードテーブル、魔法の輪、神殿、舞台、法廷。いずれも囲い込まれた区域で、その内側では特別なルールが通用する。要するに、と彼は言う。遊びは秩序を創り出す。いや、遊びそのものが秩序であり、不完全な世界のなかの、一時的で限られた完全さなのだ。床のロープは、まさにそれだった。麻でできた魔法の輪。人ひとりより、ほんの少し大きいだけの。
それ以上に示唆に富むのは、ホイジンガによれば、遊びの共同体が誰をより厳しく断罪するかだ。いかさま師ではない。いかさま師は欺きはするが、ルールを守るふりをするので、輪そのものは残る。より厳しく断罪されるのは遊び破りだ。遊び破りは輪を打ち壊し、それがどれほどもろかったかを皆に見せてしまう。あの午後、H.ははじめ、いかさまをしていた。すべてのルールに従いながら、外にとどまっていた。一礼の陰に身を隠し、自分自身の服従を語る語り手として。
彼を中へ導いたのは、よりによって、遊びを終わらせられる言葉だった。私の輪には遊び破りはいない。扉もまた秩序の一部だからだ。扉を開ける者は、何も壊さない。ルールが定めていることをするだけだ。H.は、扉が本当に開くのかを知るために開け、そこを通り抜けた。出ていけると知ったとき、はじめて彼はすっかり中に入ってきた。あの部屋で、自由とはルールがないことではなかった。いつでも出ていけるという確かさと、戻ってくるという決断のことだった。
シラーは1795年、『人間の美的教育について』の第15書簡で、私よりも正確にそれを言い表している。「人間は、言葉のまったき意味で人間であるときにのみ遊ぶのであり、遊ぶときにのみ完全に人間なのである」。毎日いくつもの役を演じている男が、自分に役ひとつ残さない遊びのなかに立ったとたん、真剣になった。
ヘーゲルは『精神現象学』で、奴隷は労働を通じて自分自身に至り、主人は、自分を満たしえない承認に頼ったままになる、と描いた。あの午後の私の力は、彼の承認にも、呼び鈴にもよっていなかった。ためらわずに秩序を保つこと。それを中断したその瞬間にも、保ちつづけること。そこに私の力はあった。私は自分が何者かを知っている。だから、彼に何かを証明する必要はなかった。
H.が語ったとおりの伝説では、ペーターメンヒェンはその鍵で何ひとつ開けない。持ち場で眠り込んだ番兵を起こすのだ。H.は何年も見張りに立ってきた。ツアーの一団の前で、見知らぬ人々の前で、自分自身の前で。そして、見張りのさなかに眠り込んでいた。どこにも合わない12本の鍵が、彼を起こした。彼の動きのひとつひとつを、音にして聞かせたからだ。
自分の声で
3分後、私は彼を助け起こした。膝は、もう十分に耐えた。落ちるべきでないものが落ちないように、彼の両手から鍵束を取り、カフを外した。それからロープを巻きとった。輪は消え、部屋はふたたびただの部屋になった。
彼は長いあいだ椅子に座っていた。肩に毛布をかけ、両手で水のグラスを包んで。私は彼のそばに腰を下ろした。二人とも、ふだんの声で話した。列車のこと、よく持ちこたえた膝のこと、言葉が半分で途切れたあの瞬間のこと。正しくできたでしょうか、と彼は尋ねた。ここに「正しい」というものはない、と私は答えた。本当の一文があり、ちょうどいいときに発せられた半分の言葉があった。2時間でそれだけのことができる人は多くない。彼は中央駅の近くに宿をとっていて、翌朝、帰っていった。
3週間後、彼はもう一度書いてきた。書き出しの呼びかけもなく、衣装もなく。ガイドの仕事は続けていて、ペーターメンヒェンにもいまだに出番がある。けれど最後には、城の島とシュロスガルテンを結ぶ鉄の旋回橋の上で一行とともに足を止め、1分間の沈黙を頼むようになった。その沈黙を破る者は、誰もいない。お辞儀も、前ほど深くはしなくなった。誰も気づかない、気づいているのは自分だけだ、と彼は書いていた。それ以来、島の石畳を歩く足どりが変わったという。前よりまっすぐに。
メッセージの最後の一文は、こうだった。「ペーターメンヒェンには、いま、自分自身の声を与えています」私は返事をしなかった。それだけで、ひとつの結末になっているメッセージもある。
鍵束は、ミュンヘンの私の引き出しにしまってある。12本の鍵は、どれもどこにも合わない。持ち上げると鍵が鳴り、私の目にはひとりの男が見える。シュヴェリーンの橋の上で、黙って立っている男。その背後では、黄金の大天使をいただくドームが水面に映り、少しも揺らがない。
ゲストブックから届いた二つの声
次の二つの書き込みは、私の実際のゲストブックから引いたものだ。物語の男とは何の関係もない。彼は架空の人物だが、この二人の書き手はそうではない。ゲストブックにあるとおりのものをドイツ語から忠実に訳し、二つ目は一部を省いた。
「外の世界では決してできないことを、彼女は私にさせてくれた。そして気づいた。それで自分が小さくなるわけではないのだと。むしろ逆だ。あれ以来、私は前よりも背筋を伸ばして日々を歩いている」——ひざまずく者、ゲストブック(ドイツ語から翻訳)
「私は、Mistress Alexaのもとに来る男たちの大半より年上だ。これまでの人生で、3人のMistressと結びついてきた。みな優れていて、みな違っていた。Alexaの仕事ぶりには、私がそれまで味わったことのない落ち着きがある。彼女は自分が何者かを知っている。(後略)」——Klaus T.、ゲストブック(ドイツ語から翻訳)
物語を注意深く読んだなら、この二つの考えがそこにあることに気づくだろう。部屋の外まで持ち出す姿勢と、何ひとつ証明する必要のない落ち着き。
女主人としもべ:実際のセッションでは、そのどこまでが起きるのか
物語は架空だが、その背後にある技は本物だ。私のもとでのロールプレイは、セッションよりずっと前に、三つの問いから始まる。この遊びのなかで、あなたは誰なのか。すべては何へ向かうべきなのか。そして、何があっても起きてはならないことは何か。答えは、Safe Room(会員エリア)のプロフィールか、リクエストの備考に書くこと。それでも残る問いは、事前の話し合いで決める。
- 1時間料金に込み:ロールプレイ、尋問、マスクトレーニング、カフやロープ、ベルトによる拘束。手のこんだシナリオには時間が要る。軍隊式ドリルは最低120分、事前に合意した誘拐シナリオは最低180分。
- 衣装と小道具:前もって取り決める。お仕着せは持参してかまわない。呼び鈴やロープや鍵束は、取り決めてあれば私が持っていく。
- 体と健康:膝、腰、循環器、服用中の薬。予約の前に伝えること。ひざまずく時間も、立っている時間も、決めるのは台本ではなく、あなたの体だ。
- セーフワード:セッションのたびに前もって決める。両手が縛られている場合に備えて、無言の合図も。セーフワードで、どんな行為もすぐに止まる。途中で、いまどんな状態かを私が尋ねる。
- 役:ロールプレイは成人同士に限る。フィクションのなかでも、それは変わらない。
性交なし、オーラルセックスなし。どんな役も、どんなお仕着せも、それを変えはしない。私がシナリオをどう組み立て、どんなシナリオを演じないかはロールプレイに、中断と安全の基本はリミットと安全に書いてある。
シュヴェリーンからStudio 60へ
シュヴェリーンからミュンヘンまでは、いちばん速い鉄道の便でも、乗り換え1回で7時間弱かかる。乗り換えはたとえばハンブルクで、そこまでは列車で1時間弱だ。飛行機を選ぶなら、出発はハンブルクになる。午後のセッションなら、早朝の列車で間に合う。夜の予約やインテンシブなら、ミュンヘンに一泊して翌朝帰る計画を立てること。市内でスタジオまでどう行くかは、Studio 60のページにある。
- 早めの計画:まず乗り継ぎを調べ、次にカレンダーで日時を選び、その時間に合わせてStudio 60の部屋を予約すること。切符を買うのは、私が確定してから。
- 余裕を残す:ハンブルクで乗り継ぎを逃せば、ずれるのはあなたの到着で、私のカレンダーではない。連絡なしに30分遅れれば、無断キャンセルとみなす。遅刻しても、セッションは延びない。
- しらふで来る:車内ビストロのビールは、帰りの列車まで待つ。酒気を帯びた者は迎え入れない。
- 守秘:プファッフェンタイヒのほとりの誰にも、行き先を知らせる必要はない。スタジオで起きたことは、スタジオにとどまる。それは双方に言えることだ。撮影・録画・録音は、事前の合意がある場合に限る。
旅ができない、あるいは旅をしたくないなら、まずリモートセッションで私を知ること。ミュンヘンへ来るのは、信頼がそれを支えられるようになってからでいい。